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前ページ次ページヘルミーナとルイズ 思い出すのは水のせせらぎ、草の臭い、頬を撫でる風の冷たさ、彼女の笑顔。 そのすべてが遠く、遠い。 何もかもが懐かしい。 彼女と過ごした時間が、今の彼を突き動かすすべて。 ルイズは、泣いてくれるかな? サイトは力を振り絞ってデルフリンガーを振るう。 一振り二振り、三度振ったところでたたらを踏んだ。 サイトはこんなにもデルフリンガーが重いということを初めて知った。 あいつ、あれで泣き虫だからな。 段々足に力が入らなくなってきた。 槍で突かれた左腕の傷口からは血が溢れている。そこから命が漏れていくような感覚に怖気が走る。 それでも止まらない、止まったらもう二度と動けない。 それに寂しがり屋だし。 着地ざま、剣を力任せ横なぎに払った。 手に伝わる肉と骨を断った、確かな手応え。 周囲に味方なんて誰もいない、適当でも振り回せば誰かに当たる。 いっぱい悲しんで、いっぱい泣いてくれるかな? 大群の前にたった一人で現れた少年剣士は既に満身創痍。 けれど、彼は今この場にいる誰よりも必死に生き足掻いていた。 すべては彼女のために。 結局あんな別れになったけど、俺、お前のこと、好きだったんだぜ。 包囲していた兵士たちが一斉に槍を突き出した。 再び跳躍、敵のいない方へと渾身の力を込めた一飛び。 直後、サイトの耳に届く空を裂く無数の音。 生意気で、我が儘で、短気。でも、そんなところも好きだったよ。 見上げれば空を黒く染める矢の嵐。 サイトは足が地面についた瞬間、足腰すべてのバネを使ってその場から飛び退いた。 そのはずみで、体の中からぶちぶちと何かがちぎれる音がした。 ごめんな。 かわしきれなかった矢が右の腿と背中に刺さった。 転がりながら足の矢だけ引き抜く、背中の矢は転がった際に半ばから折れていた。 既にサイトの体は血で汚れていない場所など一カ所もない。 本当にごめんな。 真っ赤に染まった少年剣士。 生きているのが不思議なほどの傷を負ってなお、剣を握り、離さない。 なぜそのような姿になってまで戦うのか、この場にいる誰もが理解できないでいた。 お前一人残してごめんな。 衝撃。 爆音と吹き上がる炎、かつてテレビの向こう側で見た爆撃のようなそれがサイトを襲う。 ある意味それは正しい。サイトの周囲に向かって、無差別に火玉の魔法が何十とうち込まれているのだ。 お前は泣き虫だから、きっと泣くと思う。 吹き飛ばされる。 投げ出されて、仰向けに倒れるサイト。 それでも起き上がろうともがくが、一度止まってしまった体は、糸が切れた人形のように動かなかった。 でも、いっぱい泣いて、いっぱい悲しんだら…… 何もかもなげうって、少しでも長く生きるためにサイトは懸命に戦った。 一分一秒一瞬でも長く、ルイズのことを考えるために。そうすることだけが、自分の気持ちを証明する唯一の方法だと信じて。 だが、それも終わる。 俺のこと、忘れてくれ。 涙が止まらない、止められない。 もう体は動かない。 握りしめていたはずのデルフリンガーは、既になかった。 全部忘れて……幸せになってくれ。 遠巻きに包囲した兵士たちが、一斉に弓をつがえ、大砲を向け、杖を構えた。 標的は、たった一人のちっぽけな少年。 「ルイズ、ごめんな」 流星のように降り注ぐ死を眺めながら呟いたそれが、サイトの最後の言葉となった。 ルイズはネグリジェ姿のまま、ベットに腰掛けている。 神聖アルビオン共和国の降伏から既に三週間が経過し、トリステインにも平和な日々が戻り始めていた。 出征していた男子生徒たちも皆学院へと帰還し、授業も平常通りのものへ戻った。 窓の外からは光が差し込み時刻は昼過ぎを知らせていた。 寮で生活していた女性生徒たちの殆どは、今は授業を受けるために本塔へと出払っている。 そんな中部屋に残ったルイズの姿は、痛々しいという他なかった。 目は落ちくぼみ、唇は乾いている。 痩せてはいたが、健康的でしなやかであった体は、今や憔悴しやつれ果てている。 視線は虚空を泳ぎ定まっていない。手には以前にサイトへプレゼントしたセーターと、赤い布きれ。 確かに男子生徒たちは戻ってきた。 戦場で生き残り、ギーシュのように勲章を貰ったものもいる。 けれど、その中にサイトの姿はなかった。 代わりに彼女の手元に戻ってきたのは、どす黒く血に染まったパーカーの切れ端とデルフリンガー。 そして、サイトが死んだということを示す紙切れ一枚。 「ルイズ! ちびルイズ! 返事をなさい!」 「ルイズ! お願いだからご飯だけはちゃんと食べて!」 扉の向こう側から響く、二人の姉の声も今のルイズには届かない。 あの日、あのときから、彼女たちの言葉は届かなくなった。 「どういうこと!? 何であんただけなのよ!? サイトは……サイトは一体どうしたのよ!?」 「落ち着けよ、娘っ子……」 「そうよ、落ち着きなさい。あなたが大声をあげても彼は帰ってこないわ」 ルイズの部屋の中、かつてサイトが寝起きしていた藁の上にはデルフリンガーが置かれている。 そしてルイズの横には二人の姉の片割れ、エレオノールの姿があった。 「サイトは……サイトは生きているんでしょう!? 答えて! 答えてよ!?」 目に涙を浮かべ、手には血染めの切れ端を握りしめたルイズが叫ぶ。 最初に届けられたのは手紙だった。 その中にはヴァリエール家が使い魔の三女、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔が死んだことと、その死を悼む内容が記されており、血染めのパーカーが同封されていたのであった。 この際半狂乱に取り乱したルイズに対して、学院は実家への連絡という手段をとった。 そうして呼び寄せられたのがエレオノールとカトレアの二人の姉であった。 最初はルイズを叱咤してルイズを立ち直らせようとしたエレオノールであったが、サイトを呼びながら泣き叫ぶルイズに折れ、最終的には公爵家の力を使って、サイトの消息についての調査を行った。 そうした調査の末、戦場で収集された武器の中に、一振りのインテリジェンスソードがあり、それが盛んに「ルイズ」「サイト」と叫んでいると分かったのである。 エレオノールは直ぐさまその武具を取り寄せる手続きを行って、その甲斐あってデルフリンガーは再びルイズの部屋への帰還を果たしたのであった。 「サイトは……サイトは無事なの?」 縋るような目つきのルイズ。 「相棒は……」 デルフリンガーは言い辛いことを伝えるときの人間のように一度言葉を区切り、やがて決心したように続けた。 「相棒は、死んだよ」 「嘘よっ!」 間髪入れずに叫んだルイズの言葉。まるでその言葉が予め分かっていたような速やかな反応。 「本当だ。相棒は、もうこの世に生きちゃいない。相棒は、最後の最後で俺を手放しちまったのさ……あの中を、ガンダールヴ無しで生き残るは不可能だ」 「それでも……、それでも!」 ゆっくり、崩れるようにして床へ腰を下ろすルイズに、デルフリンガーもエレオノールも、かける言葉が見つからなかった。 デルフリンガーだけが、最後の希望だったのだ。 「生きてるって言って……お願い……」 すすり泣くルイズに、デルフリンガーは「すまねぇ」と小さく返すしかできなかった。 希望が砕かれたとき、人は惑う。そうしたときに、一人で立ち直れるものは強いものだけだ。 だから、長女として、人生の先輩として、エレオノールはルイズに手を貸そうとした。 彼女なりのやり方でルイズの立ち直りを手助けしようとした。 「いつまでそうしているつもり、泣き虫ルイズ!」 「……」 「お父様が止めるのを聞かずに、戦地になんて行くから、使い魔を死なせる羽目になったのよ」 「……」 姉として、妹を心配していた。 だから、結局のところ、エレオノールが次に発した言葉は、彼女の優しさからであったのだが。 「毅然となさい! あんな使い魔が死んだくらいで……」 その一言で、ルイズの中にある、何かが砕けた。 「使い魔くらい……」 どうってこと、と続けようとしたところで、エレオノールが凍りつく。 泣きはらした目で顔を見上げたルイズのそこからは一切の表情が抜け落ちていた。ただその目が、まるでガラス玉のように無機質で、エレオノールはこれまでの人生で一度も妹のそんな姿は見たことがなかった。 その唇が、小さく震えた。 妹が何かを言おうとしていることを気取ったエレオノールは、焦点の定まらないルイズの瞳を真っ直ぐに見返し挑発した。 「はん、何か言いたいみたいね、言ってごらんなさいよ」 再び、ルイズの口が小さく動いた。 「何を言っているのか、全然聞こえないわ。ほら、ちゃんと口に出してごらんなさい」 「おい止めろ姉っ子! そいつは逆効果だ!」 ルイズの異変に気づいたデルフリンガーが大声で静止するが、何もかもが遅過ぎた。 「黙れ」 「……え?」 無表情な顔をした妹が紡いだ言葉の意味が理解できずに、エレオノールは漏らすようにして聞き返した。 一方、ルイズは自分が見上げているものがなんだか分からなかった。 ひび割れたモノクロのステンドグラスのような形をした何か、それが先ほどから耳障りな雑音をまき散らしている。 その音を聞いているだけでひどく頭が痛くなる。 まるで頭の内側から大きなハンマーで、力一杯ガンガンと殴られているようだ。 だから言ってやったのだ、思ったままを。感じたことをそのままに。 「うるさい うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 その日以来、姉たちの言葉はルイズに届かなくなった。 そして姉以外の者たちの言葉も届かない。 今や、彼女たちはルイズにとって『理解できない何か』になってしまったのだ。 彼女たちが、ルイズの心が分からなかったように、ルイズにも彼女たちが分からなくなってしまっていた。 時折部屋の外で発せられる、『何か』が発する雑音。 ルイズはそれが響く度に手編みのセーターと血染めの切れ端を強く握りしめる。 母の庇護を求める赤子のように、それだけが彼女を守ってくれると信じて。 「サイト、助けてサイト。怖いよ、怖いのがくるよ……」 大切な想いを抱きしめたまま、ルイズはベットに倒れこむ。そして子供のように丸くなって泣いた。 部屋の外、エレオノールとカトレアの二人は揃ってため息をついた。 「ごめんなさい、エレオノール姉さま。私が至らないばっかりに……」 そう言って両手で顔を覆って泣き出すカトレアを、エレオノールは抱きしめ慰めた。 「いいのよ、あなたのせいじゃないわ。あなたはあのとき体調を崩していたんだもの、仕方がないわ」 泣きじゃくる妹っ子のカトレアをあやすエレオノールの顔色も曇っている。 「おい姉っ子、あんまし自分を責めるんじゃねぇぞ。お前さんはお前さんなりに精一杯やったんだろ」 壁際に立てかけられたデルフリンガーの言葉にも、エレオノールの顔は晴れない。 「いいえ、何もかも、私の責任だわ」 「……反省と自分を責めることは似て非なるもんなんだぜ」 分かってはいても、返す言葉もない。 しばらくするとカトレアも泣き止み、表面上は平素通りの様子に戻った。 「ちょっとは食べてるみたいだけど、こんな状態じゃ放っておくわけにはいかないわね」 足下にあるトレイには干からびたパンと、冷たくなったスープがのせられている。 そのパンには小さくちぎった跡が残されていたが、とても健康を保つのに必要な量とは言えそうになかった。 「この扉を破ってでも屋敷に連れ帰るしかないわね。屋敷なら目も行き届くし、何より……この部屋に残すのは良くないわ」 使い魔の少年との思い出がある、という言葉を飲み込んだエレオノールは、いつにもまして辛そうな表情をしていた。 「……可哀想だけど、私もそれが正しいと思うわ」 ルイズの心が壊れてしまった翌日、カトレアもまた彼女の狂乱ぶりを目の当たりにした。 ルイズを可愛がっていた分だけ、彼女の受けた心の衝撃は言葉にできないほどであった。 だが、それと同様かそれ以上に、カトレアはエレオノールのことも心配していた。 ルイズの心を決壊させた原因が自分であると、人一番責任感の強いエレオノールは自分を責め続けているに違いない。 カトレアは愛する妹、そして姉までが苦しんでいるのに、何もすることができないという自分の無力さを強く呪った。 「それで?それはいつやるつもりなんだい?」 カトレアの苦悩を余所にデルフリンガーがエレオノールに問いかけた。 あるいは、エレオノールの注意を自分に向けるためだったかもしれない。 「早い方がいいわね。明日か、明後日にでも」 「……エレオノール姉さま、ルイズは……あの子は、お屋敷に帰ったらどうなるんですか?」 痛いところを突かれたという表情を一瞬見せたが、すぐに眼鏡を直すふりをして手で顔を隠してしまうエレオノール。 それだけで、カトレアには今後ルイズがどういった状態に置かれるかが分かってしまった。 「屋敷で軟禁、でしょうね。外を歩けるようになるのは、だいぶ先のことになると思うわ」 冷たい口ぶりでそう答えるエレオノール。 けれどカトレアには分かっている、その真なる暖かさを。 だからいっそうの切なさを感じるのだ。それが追いつめられたルイズの心に届かなかったという、お互いのすれ違いに。 深夜。 気がつくと、ルイズは階段を上っていた。 素足で堅い石段を踏んでいるはずなのに、どういうわけか足下はふわふわとして、まるで雲の上を歩いているようだった。 心地よい浮遊感に身を任せ、どんどんと階段を上っていく。 理由は分からないけれど、一番てっぺんまで辿り着けば、そこにサイトがいる気がした。 「サイト……待っててね、すぐに、すぐに会いに行くから……」 頭がぼうっとする、まるで霞がかかったように上手く考えが纏まらない。 本来結びつくはずの事実と意味が組み合わさらない、そうしているうちにどちらも泡が弾けるようにして溶けて消えてしまう。 自分が何をしているのか、どうなってしまうのかが考えられない。 でもいい、もうどうだっていい、なんだか疲れてしまった。 ただ、楽になりたかった。 階段は唐突に終わりを告げた。 屋上、冬の空気が鼻孔から入って肺を満たした。 普段なら頭がすっきりするようなそれを受けても、熱に浮かされたようなルイズの足取りは止まらない。 そうして、ルイズは終着へと辿り着いた。 屋上の円周を囲む石塀、そこが行き止まり、そこから先に道はない。 でも、その先にサイトがいるような気がした。 ルイズは胸ほどの高さがある石塀をよじ登り、その上に立って地面を見下ろした。 闇が支配する時間、黒に塗りつぶされた世界、どこまでも続いていそうな、そんな光景が目の前に広がっていた。 サイトのそばに行くための一歩。ルイズがそれを踏み出そうとしたとき、雲間から双月の片割れが顔を出し、眼下の一部を淡く照らし出した。 それは、ルイズとサイトが出会った、あの春の召喚の儀式が執り行われた一角であった。 無表情なルイズの目から、一筋の滴がこぼれ落ちる。 すべてはあの場所から始まった。 馬鹿で、スケベで、浮気者で、お調子者で、ちっとも乙女心が分かっていないサイト。 でも、勇敢で、優しくて、いつも守ってくれた、そして何より、私を好きって言ってくれたサイト。 「我が名は」 自然と、口をついで言葉が出た。 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 それは始まりの呪文。 「五つの力を司るペンタゴン」 あの素晴らしい日々の、幕開けを告げた呪文。 「我が運命に従いし」 だからもう一度唱えよう。 「使い魔を召喚せよ」 何もかもを、やり直すために。 光。 背後から自分を放たれる光に気づき、ゆっくりと首をそちらに向けるルイズ。 そこには白く光る鏡のような形をしたゲートが出現していた。 ルイズはゲートが現れた方を、身じろぎせずに、ただ無感動に見つめていた。 そうだ、サイトはゲートの向こうになんていない、いるのは…… 自然と体が正面を向いた。 早く会いたい、サイトに会いたい。 そう思い、再び歩を進ませようとしたところで、声をかけられた。 「あら飛び降り? いきなり目の前で人に死なれるってのいうのも、ちょっと新鮮ね」 聞き覚えのない、女性の声。聞こえた方向、先ほどまでゲートがあったそちらに顔を向けた。 そこには先ほどまであった銀色に輝くゲートはなく、代わりに一人の女性が立っていた。 年の頃は二十歳前後。 腰まで届くロングの髪は薄く紫がかった銀髪、月光に照らされた整った顔立ち、そして何より特徴的な左右色違いの瞳、それらが組み合わさって彼女と その周囲に幻想的な美しさを作り出していた。 けれど可愛らしいかと言われれば否、全体的に紺で纏められている服装は、どちらかといえば妖艶な雰囲気を醸し出している。 妖精というよりは、淫魔サキュバスといった方がこの場合は正しいだろう。 ゲートが閉じて、現れた女。 つまりは彼女が、サイトの『代わり』ということだ。 ルイズが平静の状態であったならば、彼女が現れた意味を悟り、また泣き叫んでいたことだろう。 けれど、今の彼女にそれすらも理解することができない。 ぼうっとした眼差しで女を見つめるルイズ。 対する女もルイズの感情の宿らぬ瞳を見返して、二人はお互いの目を覗き込むこととなった。 ルイズは女の、女はルイズの瞳を覗き込む。 目を見る、ということはその人間の奥底までを見ることに似ている。 人と自分が違うが故に、本来であれば目を見ただけで何かが分かるなどというのはおとぎ話のまやかしだ。 けれど、それが鏡を見るように、同じ瞳に同じ心を持っていたなら? 二人はお互いの内に潜む、深淵を深く覗き合った。 そして直感的に、お互いがよく似たものであると理解する。 それは、同じ何かを持つもの同士のシンパシーだったかもしれない。 「……私の名はヘルミーナ。あなたの名前は?」 女の涼やかな声が聞こえる。 雑音しか聞こえなかったルイズの耳に、久方ぶりの人間の声が届いた。 「ルイズ……ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール」 「そう、ルイズっていうの……何をしてるかは、見た通りなんでしょうね」 口元を隠してくすくすと声を漏らす。 「それで、あなたはどこへ行きたいの?」 「サイトの……サイトのところへ行くの」 不思議だった。 ヘルミーナに問われたままを、唇が勝手に動いて答えていた。 彼女の言葉は砂漠のような乾いたルイズの心に、水滴を落とす如くすっと染みこんでくる。 「そう……あなたも大切な人を喪ったのね」 ヘルミーナの口から漏れた『失った』という言葉がルイズの心を締め付けた。 誰の言葉よりも、重くルイズの心に突き刺さった。 すっと、ヘルミーナが石塀の上に立つルイズへと手を伸ばした。 「だったら、取り戻せばいいじゃない」 「……え?」 ヘルミーナの言っていることがルイズには分からなかった。 だが、『何か』が発する雑音のような不快さは全く感じない。むしろ心地よい不可解さ。 それは人を誘惑する悪魔の声のようだった。 「あなたの手から零れたものを、自分の力で再びその手につかむのよ。私にはその手助けができる」 差し出された手と、ヘルミーナの端正な顔を交互に見つめる。 「そうしてあなたは再び大切なものを取り戻して、心の底からまた笑うの」 冷たく、美しく、微笑むヘルミーナの顔が、月の加減で泣いているようにも見えた。 おずおずと手を伸ばすルイズ、そしてその小さな手をヘルミーナが力強くつかんだ。 泣いた、声を出して泣いた。 恥も外聞もなく、わんわんと泣いた。 ヘルミーナの胸の中、しがみついて、縋り付く。 楽しかったこと、辛かったこと、悲しかったこと、大切な宝石箱をぶちまけるようにして、心の奥から気泡のように沸き上がってくるそれらを全部ヘルミーナにぶつけた。 ヘルミーナは脆い彼女の背中を抱きしめ、その桃色の髪を優しく撫でていた。 こうしてルイズの幸せな少女時代は、一つの別れと一つ出会いをもって、その終わりを告げた。 前ページ次ページヘルミーナとルイズ
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前ページ次ページ秘密結社ゼロシャイム総統ルイズ 今日も酷い目に遭った。 秘密結社フロシャイム川崎支部将軍ヴァンプは、夕飯である鮭のムニエルをつつきながら溜息を吐いた。 「結構いいところまで行ったと思ったんだけどねぇ、今回」 「なんで正義のヒーローってあんなに都合よく現れるんでしょうね」 話の都合だろ、とは誰もが思いつつも誰もが言わない事であったが、 ともかく毎度の事ながら呼び出した怪人がこうも簡単に屠られてしまうと はたして本部から左遷降格を言い渡されはしないか、と一抹の不安がよぎるのだ。 「お…明日タマゴが特売か」 しかし悲しいかな、何しろ経済的にそう余裕の無い川崎支部では先ず優先すべきは支部の存在そのものの確保なのである。 どんなブラック企業でも赤字では立ち行かない。常識もいいところだ。 だからヴァンプ率いる川崎支部の戦闘員および怪人は日々の倹約の知恵を振り絞り、 それが正義のチンピr…ヒーローたるサンレッドに対する危機感を薄れさせ、 結果毎度の惨敗に繋がる所となっているのだ。 「「今度こそはすっごい奴を呼び出して…」」 それは誰の発した言葉かは分からない、が、その言葉を発した誰もが心の底からそう願っていた。 「魔界の果て、地獄の底に屯す悪魔よ!」「天と地とその狭間の何処かに居る私のしもべよ!」 誰かが魔方陣の前でその口上を結び始める。 「残忍で、凶暴で、冷血な、血を渇望する猛獣よ!」「清く、賢く、美しく、何者をも超越する私の使い魔よ!」 魔方陣は静かに、仄かに、輝き始める。 「「我は心より求める!この地へお前が降り立つ事を!!」」 魔方陣が放つ光に、それを見ていた誰もが目を眩ませ、 …やがて、光の中にその影を認めた。 「…は?」 「しょ、将軍…!?何処へ…ってあんた誰!!??」 「…え?は?…どこだここはぁぁぁ!!?!」 禁呪により神奈川県川崎市へ呼び出された東京都在住の平凡極まる高校生・平賀才人は、 戦闘員ならびに怪人たちによる深い謝罪と交通費を受け取った後、帰路に着いたのである。 「いやぁ~あの鮭のムニエル旨かったなぁ」 「……えっ?」 「…………」 「……………」 「………………誰よ、アンタ」 そして、フロシャイム川崎支部将軍ヴァンプは、 職と、 家を、 失った。 前ページ次ページ秘密結社ゼロシャイム総統ルイズ
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『ユーディーのアトリエ~グラムナートの錬金術師』 から二十歳の頃のヘルミーナを召喚 公式HP ヘルミーナとルイズ1 ヘルミーナとルイズ2-1 ヘルミーナとルイズ2-2 ヘルミーナとルイズ3
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新SDガンダム外伝 ナイトガンダム物語から聖竜騎士ゼロガンダム ルイズの魔龍伝-01 『ゼロに喚ばれし「ゼロ」』 ルイズの魔龍伝-02 『異世界の夜に』 ルイズの魔龍伝-03 『使い魔ゼロの学園生活』 ルイズの魔龍伝-04 『白昼の決闘!無(ゼロ)の雷』 ルイズの魔龍伝-05 『ルイズとクックベリーパイ』 ルイズの魔龍伝-06 『ブルドンネ街』 ルイズの魔龍伝-07 『意思を持つ剣』 ルイズの魔龍伝-08 『品評会、その裏で』
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朝だよ。と身体を揺すられる。ルイズは聞き慣れない声に目を覚ました。 目を開けば、そこには見知らぬ子供の身体。上半身が裸の様子にぎょっとする。 「こ、この子供、なに勝手に部屋に入って……!」 叫びだしかけるものの、すぐに我を取り戻す。昨日召喚したんだっけ、服がボロボロの少年を。 思いだしながら身を起こした。大きくあくびをする。いくらか頭が覚醒する。ため息をついた。 今日は嫌な朝だ。寝起きで一番に視界にはいったのが、平民の裸だなんて。 ルイズは使い魔に着替えを手伝わせる。 ダイは抵抗を示していたが、この世界ではこんなものだと言い聞かせると渋々ながら手伝うようになった。 「……ルイズって、自分で服を着れないの?」 「貴族は下僕がいる時は自分で服なんて着ないのよ」 「ふうん……、この世界はなんか、ヘンだよ」 「平民のあんたには理解できないでしょうね」 別にわからないままでいいと思う。だまって主人の言うことを聞いていれば。いちいち世界の違いを説明するのも疲れるし。 「その貴族とか平民とかっていうのがよくわからない。きみって人間が貴族じゃないと友達になれないの?」 「はぁ? なにいってんのよ?」 世間を知らない子供の質問が、煩わしかった。 着替えが済んだルイズは、服を取り出してダイに手渡す。自分が制服としてマントの下に着ているものと同じ、白いブラウスだ。 男ものの服など所持していないのだから、今日のところは無地のこれで妥協してもらうしかない。 義理で服をくれてやるのではなかった。ボロ切れを着けているだけの少年を連れまわすような、奴隷商人もどきの真似をするなど外聞が悪すぎる。ただ、それだけのことだった。 ダイも服を着て、部屋を出ようというところでルイズは尋ねる。 「そういえばあんた、なんでわたしのこと呼び捨てにしてるのよ、わたしはあんたのご主人よ?」 「だってルイズ、おれと同い年くらいだろ?」 誰と誰が、同い年だって? チビのくせに、ガキのくせに。 それともなにか、それはわたしのことが子供に見えると暗に言っているのか。 「……わたし、16よ?」 頬を引きつらせるルイズを恐れるでもなく、ダイはあっさりと答える。 「おれ12。なんだ、4つしか違わないじゃないか」 「4つも違うじゃないのよ!」 ダイとふたり、ルイズは部屋を出たところでキュルケと鉢合わせた。挨拶を交わあう。キュルケはにやりと、ルイズは嫌そうに。 キュルケは視線をダイへと移し、含むような笑みと共に彼をぶしつけに眺め回した。 「ふうん……」 「なによ、言いたいことがあるならはっきり言ったらどう?」 「ほんとに平民を呼んじゃったのね、ゼロのルイズ」 「うるさいわね」 「使い魔っていうのはこういうのを言うのよ? フレイム!」 のっそりとした仕草で、主人の呼びかけに応じて姿を現したのは巨大な火トカゲ、サラマンダー。 フン、と苦々しい表情でルイズはキュルケを睨みつける。火虫亀山脈がどうした。サラマンダーがなんだ。あんたの使い魔自慢なんか別にどうってことないんだから。 「あんた”火”属性だもんね。ぴったりだっていうのは認めてあげるわよ」 「ええ。微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね?」 そう言ってキュルケは胸を張った。ルイズも胸を張り返す。胸のボリュームの差が際立ってしまっていることは見ないようにした。 なにが男はイチコロだ。別に誰もがあんたを相手にするとは限らない――と、いるじゃないか、女の身体など相手にしない男の子が。 ルイズが自分の使い魔に目を移せば、そこではダイがフレイムに笑いかけていた。 異形とも言える火トカゲの巨体や、大きく燃える尻尾に物怖じする様子もなく。またフレイムも「きゅるきゅる」と明るい鳴き声でダイと接している。 キュルケは笑みを漏らした。平民の子供でもやはり使い魔は使い魔、通じ合えるものがあるのだろうかと感心する。 「こ、このガキ、使い魔同士でじゃれあってんじゃないわよ!」 「あいさつするくらい普通じゃないか。なに怒ってるの?」 「挨拶が遅れたわね。はじめまして、ルイズの使い魔さん。あたしはキュルケ、フレイムの主よ。あなたのお名前は?」 怒鳴るルイズと、異を唱えるダイにキュルケは割って入る。 「おれはダイ。よろしく、キュルケ」 「ええ、よろしく。面白そうだわ、あなた」 そう言ったキュルケは「じゃあ、お先に」とその場を去っていく。 キュルケがいなくなると、ルイズはダイに苛立ちをぶつけはじめた。 「いい! あんなバカ女ともその使い魔とも仲良くなんかしないで! ああ、みっともない! なんであっちサラマンダーでこっちはこんななのよ!?」 「みっともないってことはないだろ?」 「……ガキのあんたに言ってもわからないだろうけどね、使い魔が主人に、平民が貴族に口答えするなんて、そんなことしたら本当はただじゃ済まないんだからね」 「なんだよ、それ……」 不満を口にするダイをつれて、ルイズも食堂へ歩きだした。 食堂の豪華絢爛さに呆けている様子のダイに、ルイズの溜飲が少し下がる。テーブルではダイに床に座るように命じた。 「ルイズ……、そりゃないよ」 「室内で食べさせてもらえるだけありがたいと思いなさい。本当なら使い魔は外なのよ」 「……」 「俸大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」 貴族たちの、食前の祈りの声が唱和する。 ダイは溜め息をつき、床の皿に載っているささやかな二切れのパンをぽいぽいと口に放り込んだ。 当然、足りない。かえって空腹感が強調されてしまう。 「ルイズ、もう少し分けてよ。おれ、昨日からなにも食べてないんだ」 「まったく……」 ルイズはぶつくさ言いながら、鳥の皮をはぎ、ダイの皿に落とした。 ダイは溜め息をつき、皿に載っている鳥の皮をぽいと口に放り込んだ。 黙って空腹をやり過ごしていたダイは、床からルイズを見上げながらふと口を開いた。 「ルイズ」 「なによ、もう分けないわよ」 「この料理作ってるひととか、あそこで給仕をしてる女のひととかも貴族なの?」 「コックもメイドも平民よ、それがなに?」 「……いや、なんでもない」 それきり、ダイは黙って食堂の様子を見回すのだった。 四大系統。虚無。土。錬金。シュヴルーズの講義を聴きながら、ルイズは隣にいるダイの様子をちらりと見た。 いちいち質問を発するでもなく、いまはじっと興味深い様子で講義に集中している。 「わかるの? あんた」 「いや、全然。でも、なんとなくおもしろい」 「なんとなく、ね……」 これは退屈がるのも時間の問題かとルイズは思う。 「勉強は苦手だけど、こういう雰囲気はちょっと好きかな、おれ」 意外な一言だった。 「いろいろあって、こうやって他人の講義を聴くことはあまりできなかったし、ぜんぜん勉強してなかったことが足を引っ張っちゃって、ちょっともったいないときもあったから」 「ふうん……」 傍らの少年が、彼なりに学ぶことの重要さを認識しているらしいことが、ルイズには奇妙だった。それは、教育課程の内の課題のひとつとしてではなく、もっと重要な――― 「だから、こうしてきちんと勉強してるルイズのこと、かっこいいと思うよ」 「な!?」 唐突なダイの言葉に、ルイズは絶句する。 「怒りっぽいだけの子じゃなかったんだね、見直した」 「……い、言っとくけど、誉めたって食事を増やしたりなんかしないんだからね!」 授業中だと言うことを忘れて、大きな声を出してしまうのだった。 そんなふうなやりとりを、シュヴルーズが見とがめる。 「授業中の私語は慎みなさい」 「すいません……」 「おしゃべりをする暇があるのなら、あなたに”錬金”をやってもらいましょう。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」 しかしルイズは立ち上がらない。困ったようにもじもじするだけだった。 「どうしたの? ルイズ」 「別に、なんでもないわ……」 シュヴルーズのもとへ、キュルケの困ったような声が届く。ルイズにやらせるのはやめたほうがいい。危険だ。 「危険? どうしてですか?」 「ルイズを教えるのは初めてですよね?」 「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています」 シュヴルーズの言葉に、ダイはひとりうなずいた。 「さぁ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、何もできませんよ?」 「そうだよ、ルイズ、がんばって」 ダイの耳打ちをうけて、ルイズは立ち上がった。ダイの激励に背を押されたのではない。 平民の子供ごときにそこまで言われるのは、ある意味プライドに関わる問題だったから。 キュルケの制止を無視し、教壇に立つ。ルイズは短くルーンを唱え、杖を振り下ろした。 「凄かったよ、ルイズ」 「なにがよ!」 爆発によって大惨事になった教室。それの後始末の最中のことだった。 「あれだけの爆発なら実戦で十分使えるじゃないか」 そんなことを言うダイが、ルイズには許せない。魔法の失敗に、いちいち触れてくる子供が苛立たしい。 「ふざけないで、からかってるの!?」 「本気なんだけどなあ」 「魔法のことなんてなにも知らない平民は黙ってなさい」 「……俺もさ、魔法の練習したことあるんだ、あっちの世界の話だけど。じいちゃんがさ、俺を魔法使いに育てたがって、たくさん魔法の練習させられたよ」 「あんたみたいなガキに、魔法が出来るわけないでしょ」 「……うん、出来なかった。才能がないって諦めてた」 それ見たことか、とルイズはダイを細目に睨みつける。 「そのときにさ、友達からこんなアドバイスをもらったんだよ、出来ないものは出来ないんだから今あるものを磨けって」 ルイズは、硬直した。 「ルイズ、才能あるよ。でなきゃこんな威力の爆発は起こせない。だから―――」 「―――だから、なによ」 それは怒りだ。ルイズはダイの言葉に憤っている。 「え……」 「出来ないものは出来ない、ですって!? 子供が舐めたクチ聞いてんじゃないわよ!」 ルイズは、叫んだ。 「……まいったな」 腹がへった。とぼとぼとダイは歩く。主人を怒らせてしまった。 結局、後始末が済んだ後、ルイズはダイの顔など見たくないというようにどこかへいってしまった。 たぶん、食堂にいるのだとは思うが、あれでは昼食を食べさせてもらうことなど出来そうにない。……もちろん、食事目当てに主人の機嫌をとろうしたわけではないのだけれど。 魔法使いになりたくなかった自分と、魔法使いになりたいルイズとでは、似ているようでまるっきり違っていた。 傷つけてしまったかな、と気まずい。こう気づいた後ではルイズにかけてやる言葉がなかった。自分の無思慮なアドバイスでは何にもならない。 改めて”先生”は凄いひとなのだと思う。戦士だろうが魔法使いだろうが勇者だろうが、あのひとは確かに、みなを正しく教え導いていた。 「困ったな……」 壁に背中を預けて、座り込む。 もとの世界のひとたちを思うと、やはりあちらの世界への思いが強くなる。昨晩、二つの月が浮かぶ夜空を見上げながら感じたさびしさがよみがえった。 帰りたい、心からそう思う。空腹と、生活を頼れるひとから嫌われてしまったことが望郷の念を加速する。 「どうしたの?」 少女の声に、ダイは顔をあげる。心配そうに自分を見つめる顔に見覚えがあった。朝食の時、食堂でみかけた、給仕をしていた女性だった。 揉め事が起こったのは、自分から離れたテーブルの席だった。香水がどうの、二股がどうの。 ルイズは騒ぎの方向に目を向けて、舌打ちした。金髪がひとり、黒髪がふたり。 当事者はメイジのギーシュと、平民のメイド、そして、自分の使い魔の少年だった。 「よかろう。子供に礼儀を教えてやるのも、貴族の仕事だ」 ギーシュとその友人たちが去ったそこに、ルイズが足を運ぶ。 残されたメイドは怯え、逃げ去った。それは正しい反応だ。ことの重大さをよくわかっている。しかし、ダイにはそんな様子は一切見えない。これだから子供は。 「あんた、なにやってんのよ、見てたわよ」 「あ、ルイズ……」 ダイは困り顔をルイズに向けた。なんだ、と思う。ギーシュを怒らせたことを、ちゃんと気まずく思っているようだ。 「ったく……、謝ってきなさい。今なら許してくれるかもしれないわ」 「……嫌だよ。ルイズには謝るけど、あのひとには謝る理由がない」 「は? わたし?」 「うん、さっきは、ごめん。わかったふうなことを言って、ルイズを傷つけた」 「な……」 ルイズは顔を引きつらせる。それはさっきの困り顔に、ギーシュは一切関係ないということだ。 「そんなことはいいのよ! あんた本当わかってないのね!」 言いたいことは全部言ったとばかりに、ダイはルイズから視線を外す。 逃げないようにダイを見張っていたギーシュの友人のひとりに、尋ねた。 「ヴェストリの広場って、どこ?」 「ついてこい、平民」 堂々と、恐れを知らない足取りで歩いていく子供の後ろ姿を、ルイズは歯ぎしりする思いで睨みつけた。 「ああもう! ほんとに! 使い魔のくせに勝手なことばっかりするんだから!」 ルイズは、ダイの後を追いかけた。
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前ページヘルミーナとルイズ トリステイン西部の海岸沿いに位置する辺境部に、ダングルテールと呼ばれる一帯がある。 そこに点在するいくつもの廃村。その中でも、別段の不吉さをもって語られるものが一つ。 かつて起こった新教徒狩りを目的とした政府による住民虐殺事件、通称『ダングルテールの惨劇』。 その忌まわしい歴史の爪痕を残す廃墟。事件から四十年が経過した現在も、住み着くものがいない闇へと葬られた地。 今はそこに、一人の魔女が住み着いていた。 呪われた地に住まう魔女。 魔女の住む一帯には常に深い霧に包まれており、彼女に会おうとした誰かが足を踏み入れたとしても、必ず道を見失い、霧の外へと戻ってきてしまうという。 そんな不気味な場所に居を構える魔女に対して、人々は様々な噂をた。 ある人は言う、邪悪なる人食い魔女と。 ある人は言う、死者を冒涜する術を使う忌まわしい魔女と。 ある人は言う、すべての知識を持ち合わせた、万能の力を得た魔女と。 彼女に関する噂は枚挙にいとまがなかったが、ただ一つ共通するのはその呼び名。 人は彼女を『ダングルテールの魔女』と呼ぶ。 春が来た、夏が来た、秋が、冬が、そしてまた春が来た。 四季は巡り、止まることなく時間は流れ続ける。 アルビオン崩壊から二十年。 七万の兵士に立ち向かった使い魔の少年が命を落とし、人々の記憶からもその勇姿が忘れ去られるのに、十分なほどの時間が流れていた。 多くの人から『ダングルテールの魔女』と呼ばれているかつて少女であった女性は、今は少数の人々から『錬金術師ルイズ』とも呼ばれている。 当時から近隣の住人であっても近寄りたがらなかったダングルテールの廃村を、住処と定め工房を構えてから早十年。 ルイズに錬金術の教示を与えたもう一人の錬金術師、ヘルミーナの姿はもう隣にはない。 彼女はルイズに己の知りうる限りの知識を授けたあと、己の世界へと帰っていった。 すべての機材と資金を引き継いだルイズは、その後数年間に渡り、ガリアに工房を構え続けた。 ヘルミーナがいなくなってから最初の一年目にしたことといえば、世界をまわり、四人の弟子をとることだった。 ルイズはヘルミーナと過ごした数年間で、錬金術というものが実に広大な海原のようなものであると理解していたし、故に己一人の手での目的へと辿り着くことができないであろうことも理解していた。 ルイズは四人の弟子たちに、己の納めた錬金術の知識と技術とを、四年の年月をかけて教え伝えた。 それも全員に同じものを教えたわけではない、それぞれの弟子たちには適性ごとに別々の事柄を教え込んだ。 自分の限られた時間では辿り着ない境地へと、弟子の誰かが辿り着く未来を願って。 そうして四年間かけて、彼らを一人前の錬金術師に育てたあと、彼女は弟子たちにこう言ったのである。 「錬金術を、世に広めなさい」と。 その一言から、十年以上の歳月が流れた。 たった二十年、それだけの時間で世界は容易く変化する。 様々な部分で、小さく、大きく。 人は年をとったし、真新しかった石畳は薄汚れた。 美味しかったパイの店は主人が引退して息子に代替わりしてから評判が落ち、草木が育たないと言われていた荒れ地も、開墾と土壌改良によって実りをえた。 トリステイン王国は貴族によって寡占されていた職種の一部で、広く平民を登用することを決定した。 ガリア王国では国が分裂し、その片方が共和政府を名乗り今でも内乱を続けている。 ゲルマニアは相変わらずらしいが内部での政争はその激しさを増しているらしい、ロマリアでは弾圧され力を失っていたはずの新教徒たちが力を盛り返し、年々その発言力を増していると聞く。 ここ数百年なかったような、急激な変動が世界に起こっている。 そして、その一端には錬金術の存在があった。 魔法を使えない平民でも容易に扱うことのできる錬金術によるアイテムの存在。更には平民出身でも錬金術師にはなれるという事実そのものが、絶対的であった貴族の権威を揺るがし、貴族に対する平民の地位の向上へと繋がりつつあるのである。 が、このことはルイズとしては別段どうでも良いことである。 ヘルミーナとルイズがガリアにいた頃から平民に貴族に、表に裏にばら蒔いた錬金術とその成果は、やがては四人の弟子たちにも受け継がれ、世界各地へと波及していった。 四人の高弟たちは、各地に錬金術を広める傍らに弟子をとり、更なる錬金術の広まりに貢献した。 最初は争いの場に、やがては貴族たちの社交の場に、そしてついには平民たちの生活の場にまで錬金術は手を伸ばした。 早くから錬金術が広まったガリア王国には、錬金術を専門で研究する機関を設立する気運が高まっているとも聞く。 分裂し、国力を殺がれたとはいえ、格式と伝統の国ガリア。彼の国で錬金術が認められたとなれば、各国ともそれを追随せざるをえまい。 それもこれも何もかも、すべてはルイズの思い描いた通りに。 工房地下に作られた廃棄処理施設、ルイズはそこで失敗作を破棄する作業を行っていた。 かつては美しかった桃色のブロンドも今はくすみ、その鮮やかさの面影を残すのみとなっている。 三十路半ばの盛りを過ぎた体は全盛期の美しさは失っていたが、逆に円熟した大人の女性を感じさせる。 露出を抑えつつも色気を発露させている黒いイブニングドレスを身に纏った姿は、妖しいとか、艶やかという言葉がよく似合う。 だが、それらの魅力と氷のように冷たい眼光とが合わさって、一種近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。 失敗作を炉に放り込んで再生成し、新たなる錬金術の礎とする。錬金術師なら誰でも行っている行程である。 薄暗い地下で、こぼれ落ちる汗も気にせずに、根気よく作業を続ける。 錬金術というものは、これでなかなか力仕事が多い、今回のそれもなかなかに重労働であった。 弟子がいた頃にはこういった面倒な作業はすべて彼らに任せっきりにしていたことが、今は懐かしい。 手の平大のものから一抱えもあるものまで、様々な失敗作や欠陥品を焼却台の上へと並べていく。 そうして、最後の一体に取りかかろうとしたところで、光源を最低限に抑えてある地下に不意に光が差し込んだ。 「ん……?」 ルイズは視線を上げて階段の上、闖入者の姿を確認しようとする。 逆行になってその顔は確認できなかったが、背格好とほのかに香った香水の匂いで、それが女性であることだけが知れた。 「『ダングルテールの魔女』さん、であっているかしら?」 ヒールの音をたてながら降りてくる声には女性的な瑞々しさが溢れており、推測が正しかったことが証明された。同時、ルイズはその声に引っかかるものを感じたが、そちらの方は無視することにする。 ルイズがじっと見つめる中で人影は石段を下り、残りが数段になる頃には、その姿をはっきり見て取ることができた。 燃えるように赤いロングウェーブに褐色の肌。身長はルイズよりも高い、百七十サントほどはあるだろうか。 どこか見覚えのあるような青いのローブと緑のマントを着用したその女性は、口元に不適な笑いをたたえている。 「ふん……初対面の相手を前にしたら、まずは自分から名乗りなさいってこともゲルマニアでは教わらないのかしら?」 先ほどの違和感を表へと出さぬように、『ダングルテールの魔女』は普段通りの対応で客を出迎えた。 「あら、随分と変わったなと思ったのに、悪態の付き方だけは昔のままなのね。ゼロのルイズ」 久しく耳にしていない名前で呼ばれ、面食らうルイズ。 『ゼロのルイズ』自分をそう呼んだ赤髪の女性、古い古い記憶の中に一人だけ心当たりがあった。 「……キュルケ?」 遠い記憶の肖像画と、目の前の女性とが重なった。 「あの高名な『ダングルテールの魔女』に名前を覚えていて貰って光栄だわ」 あの頃と変わらずに、腰に手を当てて、自信に満ちた顔と仕草で微熱のキュルケが微笑んでいた。 「その派手な特徴を忘れろって方が無理があるわね。それで一体何のようかしら、同窓会の誘いならお断りよ」 皮肉げな声と表情で、作業を続けようとするルイズ。 半ば予想していたとはいえ、目の前の女性の過去と現在の差異にキュルケは小さく嘆息した。 「ふう……それにしてもここは熱いわね。長くなりそうだから上で話したいんだけど、駄目かしら」 キュルケの言葉にルイズは作業の手を止める。 「さっさと上に行きたいならそっちの方を持って頂戴。これをそこの台の上にのせるから」 そう言ってルイズが失敗作の端を指さすと、キュルケもそちらの方へ目線を移した。 「これ? ええと、この辺を持てばいいのかしらね?」 「それで良いわ。合図をしたら持ち上げるわよ。……いち、にぃ、さんっ!」 重い何かを二人で持ち上げ、少し離れた場所にある台まで運んでいってその上にのせる。今日の分はこれでお終いである。 「ところで、これって……」 キュルケが自分が持ち上げた袋状のものに入れられた何かを指さす。渡り百五十サント以上はありそうな大きな長細い袋、中には所々弾力のあるごつごつしたものが入っているようだった。 「ただの失敗作さ」 応えるルイズであったが、たまたまキュルケの指さしたその袋の一部が破れており、中身が覗けるようになっていることに彼女は気がついた。 好奇心で中にあるものを覗き込むキュルケ。 直後、彼女はそのことを後悔することになる。 そこから見えたのは、眠るように目を閉じたあの使い魔の少年の顔だった。 作業を終わらせたルイズはキュルケを伴って階段を上り、彼女の居住空間も兼ねている工房へと戻っていた。 煩雑にものが散らかった工房に、申し訳程度に置かれている丸いテーブル、そこに向かい合い座っている二人。 周囲には色とりどりの瓶や良く分からない鉱物の欠片、果てにはバナナの皮なんかも落ちている。 ふと何かが動いた気配を感じてキュルケがそちらを見ると、箒とちり取りがひとりでに動き回り掃除をしているところだった。 訪れる前に想像していた以上に、そこは『魔女の住処』じみていた。 失敗作の正体と、それを無造作に炉へ放り込むルイズに顔色を失ったキュルケだったが、今は立ち直ったのかそんなことはおくびにも出していない。 「それで、長くなる用向きとは何かしら?こう見えても暇じゃないものでね、さっさと済ませたいのだけど」 「そうね。さっさと用件を済ませたいのはこちらも同じだわ」 そう言ってキュルケが続けようとしたとき、工房の奥から小間使いの少年が現れて二人の前に紅茶の入ったカップを置いていった。 その小間使いの少年は、サイトの顔をしていた。 「……」 それを見て、開きかけた口を再び閉じて押し黙るキュルケ。 「ここは魔女の工房さ。そんなことで一々驚いてちゃ身が持たないよ」 言いながら優雅な仕草で、運ばれてきたカップを口元へと運ぶルイズ。 その姿は確かにあの頃の片鱗を思わせたが、それ以上に『魔女』の凄みを感じさせた。 「ええ、あなたがとびっきりイカれてるってのはよく分かったわ」 「あらそう。ありがとう」 運ばれてきた紅茶に手をつけぬまま、キュルケは懐から一通の書簡を取り出して、それをルイズに手渡した。 「これは?」 「読めば分かるわ」 ごもっとも、と答えて封筒の端を手でちぎり、その中に入っていた一通の手紙に目を通す。 そこにはキュルケの服装を見てから予想していた通りの用件が、事務的に書かれていた。 「こんな用件のためだけにあの霧を抜けてきたなんてね、とんだ酔狂がいたものだわ」 くすりと声を漏らしてから、白魚のような指で手紙を破り捨てる。その様子を見てもキュルケは何も言わなかった。 「伝えて頂戴。答えはノー、私には余計なことに関わっている時間はないと言っていたと」 細かな紙切れとなって床に落ちていく手紙に書かれていた内容は、ルイズをトリステイン魔法学院の教師として迎え入れたいという旨の打診であった。 魔法学院とはいえ、国の抱える高等教育機関。その教員ともなればそれなりの名誉には違いない。 けれど、ここ数年このような願いが各地からルイズの元へと寄せられる度に、彼女はそのすべてを断っていた。 その多くはルイズの持つ錬金術の奥義を己がものにしようとする政府や組織の意向によるものばかりで、本当の意味で教師や職員として迎えようなどというものは一つとして無かったからである。 「私は誰かの子飼いになって研究するつもり気はさらさらないわ。別に援助なんて受けなくとも資金面での苦労なんてしていないもの」 そう言い放ち、話はこれまでと腰を浮かせるルイズの手を、キュルケがさっとつかんだ。 「学院はあなたを子飼いの研究員にしようとなんてしてないわ! ただあなたを純粋に錬金術の講師として雇いたいと言っているの!」 「ふん、口だけなら何とでも言えるわね。手を離しなさい、話は終わったわ」 「終わってないわ!」 振りほどこうとするルイズだが、キュルケはつかんだ手を頑として離そうとしない。 「良いから聞きなさい! 学院は来年度新設される平民向け教育カリキュラムに、錬金術を取り入れる予定よ」 平民向け教育カリキュラムという聞き慣れない単語に、ルイズの目が細まった。 キュルケはその仕草でルイズの興味を引けたことを確信すると、話をたたみかけた。 「トリステイン魔法学院は来年度、出自を問わない専門課程として錬金術を中心としたクラスを設立することに決定したの。生徒の数は十五人、修学期間は三年間。教育費用は王国が大部分を負担、その上で奨学金制度を用意するわ」 「離しなさい」 今度こそキュルケの手を振り払い……腰を下ろす。 「ガリア王国で三年後に設立される予定のアカデミー、それを受けてトリステイン王宮内でも錬金術教育を進めるべきという声が上がって、その先駆けとしてトリステイン魔法学院に錬金術教育部門が新設されることになったのよ。 そして、その目玉として『ダングルテールの魔女』であるあなたを、教師として迎え入れたいというのがオールド・オスマンのお考えよ」 「……正気かい?」 『ダングルテールの魔女』と言えば、確かに最初に錬金術を伝えた『旅の人』より直々に手ほどきを受けた、その道の第一人者。錬金術を少しでも囓った人間でその名を知らなければモグリであろう。 しかし同時に、多くの戦争兵器や毒薬を生み出した残虐な魔女としても名が通っている。 彼女が歩いてきた道は、決して綺麗な道などではない。屍に屍を重ねて作った血塗られた道だ。 そんな人間だと知ってなお教師として雇おうなど、ルイズが学院長の正気を疑うのも無理はなかった。 「ええ、正気よ。大真面目よ。だからあなたも真面目に答えて頂戴。トリステイン魔法学院で、錬金術の教鞭を執るつもりはないかしら?」 「……考えさせて貰うわ」 途端、キュルケが右手を握ってテーブルを叩いた。 「これはあなたのためでもあるのよ! 確信したわ、あなたはここにいたら駄目になる」 キュルケの激昂にもルイズは動じない、ただ小間使いの少年にお茶のお代わりを持ってくるように言いつけるだけ。 「さっきのアレは何? お人形さんにサイトの格好させてサイトの顔させて、おまけに失敗作って言って眉一つ動かさずにゴミ扱い!」 彼女自身こんなことを言うつもりはなかったのだが、キュルケの二つ名は微熱。その名に恥じない情熱と感情の迸りを、思うがままに放埒に言葉にのせる。 「もう二十年よ!? 忘れたって良い頃合いだわ! 第一彼があなたのそんな姿を望んでると思っているの!?」 年を重ねても、そんなところこだけは当時のままだった。 懐かしい、と思わないでもない。 しかし、 「黙りなさい」 そんなことでは揺るがない。 静かに言ったその一言は、ルイズがそれまで積み重ねてきた二十年、その重みを感じさせるような暗く淀んだ声。 「あなたに何が分かるって言うの? 私はこの二十年間、必死にサイトを取り戻そうと努力してきた。私はあなたが二十年をどう過ごしてきたか知らない、でもあなただって私がこの二十年 をどうやって過ごしてきたのか知らないはずよ。あなたは何をもってそれを否定しようとするのかしら? あなたの正しさはあなたが決めなさい。でも、私の正しさは、私が決めるわ」 この二十年、一日たりともサイトを忘れた日はなかった。 それでも年月は人の記憶を薄れさせる。 嬉しかったことも、悲しかったことも、苦しかったことも、全部、全部。 ある日気づいた。サイトの声が思い出せなくなっている自分に。 はっきりと覚えていたはずのサイトの顔も、おぼろげになっていることに気づかされ、そんな自分に愕然とした。 忘れないと、サイトを忘れないと誓ったはずなのに、月日の流れは残酷にも岩を削る川の流れのようにして、彼女の記憶を風化させていた。 ルイズは恐怖した。 いつか自分がサイトの顔も、サイトへの想いも忘れてしまうのではないかと気が狂ってしまいそうなくらい恐怖した。 だから作ったのだ、サイトの写し身を。 彼を忘れないために。 サイトのパーカーから抽出した血を用いて、ルイズは人工生命を作り出した。 彼はサイトの声で喋り、サイトの顔で微笑んだ。 だが、それはサイトではなかった。 肉体の複製は作れても、そこに宿る魂はサイトのものではない。 サイトの魂の復活なくしては、それはただのサイトの形を模した人形に過ぎないとルイズはこのとき知った。 加えて彼は、かつての恩師ヘルミーナがルイズに教えた通りの欠陥を抱えていた。 それは寿命。 人の手により生み出された彼のそれは、人間のものに比べて余りに短かったのである。 最初のサイトは、二十日で動かなくなった。 改良を加えた二人目も、三十日でその生を終えた。 ルイズはそれからもサイトを生み出し続けた、何人も、何人も。 けれど、どれほどの業を用いたかも分からぬ今になっても、その問題は解決できないでいる。 今この工房で生きているサイトは、都合百二十五日目を迎えていたが、ルイズの予測ではあと四十日ほどで寿命を迎えるはずであった。 欠陥だらけの失敗作、それがルイズの下したサイトたちへの評価だった。 だが、それでもルイズは彼女の作品たちを愛した。 彼らに罪はない。罪があるとすれば、それは己の無力さが罪なのである。 そうしてルイズは何度も何度もサイトを失った。 最初は一人のサイトが死ぬ度に、心が軋み、悲鳴をあげた。発狂するような痛みが心を貫いた。 だが、二人、三人、やがて何十人と繰り返すうちにそれも慣れてきた。 折れた骨が太く硬くなるように、ルイズの心もまた堅く強ばっていった。 ルイズは工房の窓から、霧の中へと去っていくキュルケの後ろ姿を黙って見つめていた。 その背中は何かを語っているようであったが、キュルケの最奥を知らぬルイズがそれを理解することなど、適うはずもない。 周辺を覆う霧は推薦状無しに訪れたものを拒む効果があったが、それがあろうとなかろうと、出て行くものには干渉しない。 キュルケがこの工房へと辿り着たのは四人の高弟の一人、今はトリスタニアに工房を構えているらしい彼女の推薦状があったからだったのだが、それも既に取り上げた。 これを燃やして話を聞かなかったことにすれば、今回の件は終わりだ。 二度とキュルケがここを訪れることはないだろう。 窓辺を離れる。 この先やらなくてはいけないことは山積みされている。 工房の機材の中、持っていくものと残していくものを選別しなくてはならない。 大き過ぎるものや取り扱いが難しいものは、推薦状を渡した高弟のところへ出向いて巻き上げる算段をたればいいだろう。 以前自分がヘルミーナから渡されたレジュメも探さなくてはいけない。 まあ、何よりもまず工房の中を整頓するのが最優先に違いない。 保留ということでキュルケに返事をしたが、実際のところ、ルイズは今回の誘いを引き受けるつもりでいた。 彼女が言っていたことは実に傲慢かつ正論ぶった内容で、とても気に入らなかった。 だが、その中で一つだけルイズにも同意するところがあるとすれば、それは「ここにいたら駄目になる」という部分。 それはルイズ自身にとっても、本当は気がついていたことだったのだ。 この工房には定期的に世界に散った高弟たちから、各地で行われている錬金術研究の成果が送り集められてくる、そういう仕組みになっていた。 ダングルテールにいながら、ルイズの元には常に世界中の最新の情報が集められてくる。 正に隠者として過ごすならば理想的な環境、研究をするだけならば工房にいるだけでことは満ち足りる。 人目を避けて外界を拒絶し、孤独に一人研究を続ける。あるいはこれが自分の終着点であると思った時期もあった。 けれど、この工房で十年を過ごし、何人ものサイトと触れあって分かったことがある。 これでは、駄目なのだ。 ただ一人で過ごし、サイトの死を諾々と受け入れ続ける自分。 そんなことを続けていけば、サイトへの想いはやがて変質する。 本来あるべき形を失って、歪んだ何かへと変わってしまうかもしれない。 それは到底認められないことだった。 人間は摩耗する。気力は衰え、在り方は変容する。 人は外部からの刺激無しに己を貫くことはできない。 だが同時、刺激に対して反応し、変化せずにはいられない。 ルイズは自分がなぜこんなところに隠れるように住まうようになったかを分かっていた。 怖かったのだ、何もかも変わっていく風景が。 恐ろしかったのだ、サイトを忘れろと語りかける周りの声が。 だから逃げ込んだのだ、何も見えず、何も聞こえないこの場所へと。 しかし、孤独は彼女を救いはしなかった。 変化を避けて逃げた先に待っていたものは変質であった。 そのジレンマに気がついて以来、ルイズは如何にすれば自分を保つことができるかを考え続けていた。 朝も夜も昼も考えた。 そうして今、彼女は一つの答えへと辿り着いている。 それは、伝えること。 サイトのことを漏らさず余さず、すべてを伝えること。 自分の気持ちと共に、それを伝えるということが、ルイズの見つけた答えであった。 例え自分の中でサイトが薄れても、伝えた誰かが覚えてくれている。 分からなくなったら、誰かの中にあるサイトを確認すればいい。 伝えられた人の中でもきっとサイトの姿は変化するだろう。 だが、何百人何千人と伝えることで、彼らの中にある真実の断片を繋ぎ合わせて、本物に近いサイトを見つけることができるはずだ。 そうして、伝えながら常に自分でも確認するのだ、サイトへの想いを。 キュルケの誘いは、外の世界へ踏み込めないでいたルイズへの、最後の一押しとなった。 孤独の中で変質するか、困難であろうとも人の中で自分を貫くか。 ルイズが選んだのは後者。 もう恐れはしない、変化する世界を、人々の声を。 だから伝えていこう、錬金術を、サイトへの想いと共に。 いつの日か、本当にサイトが蘇るその日まで。 ◇◇◇ 「先生! ツェルプストー先生! またルイズ先生が!」 火の塔、キュルケの研究室への扉を騒々しく開けて飛び込んできたのは、錬金術科の女生徒。 「あらら、どうしたのかしら?」 ある種の予感をもって、キュルケの手が机の引き出しの一番上、書類などを納めたそこへと滑る。 「先生! ルイズ先生ったら酷いんです! 魚をとりたいって言ったら薬をくれて……それを使ったら川の魚が全部浮かんできたんです!」 「また人騒がせな……」 こめかみを抑えてキュルケが呻く。 伸ばした手で引き出しの金具をつかんで引く、そうしてそこから一枚の書類を取り出すと、そこには「始末書」の文字が躍っていた。 ルイズは錬金術科の統括教師、一方キュルケは一年生の学年主任をしている。 駆け込んできたのは錬金術科とはいえ一年生、キュルケの管轄には違いない。 加えて彼女はルイズがこの学院へと赴任して以来、何か問題を起こした際にはその後処理を行う役目も任されていた。 そもそも、当初学院において評判の悪い魔女であり、不名誉きわまりない退学者であるルイズを召致するという思い切ったことを主張したオールド・オ スマンを強く支持したのは、このキュルケくらいだったのである。 学長が自分の権限を使いルイズを呼び寄せた今、自然とルイズが何か問題行動を起こした場合に、面倒ごとに巻き込まれるのはキュルケというのが、一つの決まり事となりつつあった。 「まったく酷いんですよルイズ先生ったら! この前はこの前で畑の収穫を増やしたいって言ったら……」 そこから先はキュルケが続けた。 「畑の養分をすべて作物に変える苗を渡した、だったかしらね」 ルイズの問題行動はこれが初めてでも、ましてや二回目や三回目というわけでもない。 無論、それぞれオスマンからのフォローも入っていたが、細々とした書類上の処理などはキュルケが行っている。 何か起これば一蓮托生、それが現在のルイズとキュルケの関係なのである。 「そうなんです! あの人は魔女です! きっと悪魔に魂を売り渡してるんです!」 そう言って地団駄を踏む生徒を見ながら、キュルケは嘆息した。 そして更に詳しい事情を女生徒から調書する。まあ、それによれば自分で調合せずに手抜きをしてルイズを頼った生徒の自業自得とも受け取れる内容であったのだが…… 「あー、はいはい、落ち着いて落ち着いて。そっちの方は私の方から彼女に言っておくから」 「ツェルプストー先生! 確か先生とルイズ先生って同期なんですよね? ルイズ先生ってば昔からあんなに根性ひん曲がった人だったんですか? あんな性格が異次元な人、わたし他に知りませんよ!?」 半泣きになりながら訴える生徒をぼんやり聞き流しつつ、指先でペンをくるくると回す。 「んー……昔はだいぶ違ったんだけどねぇ……」 キュルケにすれば何の気は無しに漏らした一言だったのだが、それがいけなかった。 とたんに女生徒の目は輝き、おもちゃを見つけた子猫のように、その動きをピタリと止める。 「え? ルイズ先生って昔からあんな感じだったんじゃないんですか?」 女生徒の顔が好奇心に燃えるのを見て、キュルケは先ほどの自分の失言に気がついた。 「あちゃー……」 「いいじゃないですか! 教えてくださいよ!」 「うーん、そうねぇ……」 しばし頭をひねって考える。するとキュルケの頭に何とも素晴らしい妙案が思い浮かんだ。 「話しても良いけど、これから聞いたことを絶対誰にも口外しない、勿論ルイズにも。あとそれから今回の件は忘れること」 ルイズの過去と、今回の面倒事とを秤にかけて、結局後者が勝ったのだ。 「いいですいいです! それで先生、昔のルイズ先生ってどんな感じだったんです?」 「そうねぇ。どこから話せばいいか迷うけど、彼女と最初に会ったときのことから話しましょうか……」 椅子を引っ張り出してきて、その上にある書類をどかして勝手に座る女生徒。 彼女を前にしてキュルケは語り始める、長く切ない過去の話を…… これはとある女性の人生の、ほんの一部分だけを抜き出した物語。 彼女は色々なものを失って、ほんの少しを手に入れた。 長い時間の中で、姿や考え方、性格まで変わってしまった彼女。 けれど、変わりゆく流れの中で、己の本質だけを守り通そうとした、そんな強い彼女の物語。 最後に、この物語を閉じるにあたり、彼女が初めて教壇に立った際に口にした言葉をここに記し、幕引きに代えることとしよう。 初めは誰もが無力だった。 不死身の勇者も、高名なる錬金術士も王室料理人も 初めは何の力もないごく普通の人間だったのだ。 だが、彼らは誰よりも夢や希望を強く抱き、追い続けた。 だからこそ世に名を轟かすほどの存在になれたのだ。 夢は、追いかけていればいつか必ず叶うものだから…… ――ルイズ 前ページヘルミーナとルイズ
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「マシンロボ クロノスの逆襲」のロム・ストールが召喚される話 ルイズと剣狼伝説-1 ルイズと剣狼伝説-2 ルイズと剣狼伝説-3 ルイズと剣狼伝説-4 ルイズと剣狼伝説-5 ルイズと剣狼伝説-6 ルイズと剣狼伝説-7 ルイズと剣狼伝説-8 ルイズと剣狼伝説-9 ルイズと剣狼伝説-10 ルイズと剣狼伝説-11 ルイズと剣狼伝説番外 ルイズと剣狼伝説第二部-1 ルイズと剣狼伝説第二部-2 ルイズと剣狼伝説第二部-3 ルイズと剣狼伝説第二部-4 ルイズと剣狼伝説第二部-5 ルイズと剣狼伝説第二部-6 ルイズと剣狼伝説第二部-7 ルイズと剣狼伝説第二部-8 ルイズと剣狼伝説第二部-9 ルイズと剣狼伝説第二部-10 ルイズと剣狼伝説第二部-11 ルイズと剣狼伝説第二部-12
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平賀才人 注)この紹介文は原作(小説)のバージョンです。 漫画のみ見ている方はネタバレ必須なのでお気付けください ゼロの使い魔の主人公 年齢『十七歳』 身長『172cm』 好きな食べ物『テリヤキバーガー』 趣味『インターネット』 特技『アクションゲーム』 嫌いなもの『体育の先生』 性格的には元の世界の友人連から「ぬけている」とも評価であり、確かに原作本編でも多々ぬけているところが見て取れる。 しかし、義理や人情は人一倍あり、せめて自分に優しくしてくれた人は助けたいと六十年前にハルキゲニアに来たシエスタの爺さん(佐々木武雄さん、海軍少尉)が乗ってきたゼロ戦で巨大空中艦隊に単機で戦いを挑む。 また、ルイズを好きだといった言葉が嘘になるのはたまらないと言って、ルイズの代わりに七万の兵を相手にこれまた単騎で撤退戦の殿軍をやってのけてしまう。 しかも、その二つとも一応生きて帰ってくるので驚き、さすが武器であればどんな物でも自由自在に扱える」伝説の使い魔『ガンダールヴ』と言ったとこだろう。 ちなみに、これらの戦果をあげたため才人は騎士としての身分を手にいれ貴族となり、騎士隊の副隊長職に任命されることとなる。 マルコーが言うには平民から貴族になるのは人が神になるのと同じくらい難しいとの事、いや、七万を単騎で止めるのはもう人じゃねえよ・・・・・・・・・(苦笑) ルイズとの関係はルイズに使い魔として召還され、原作最新刊までの間使い魔としてルイズのそばにいるが、最新刊ではもう恋人同士といって過言ではないニヤニヤな関係である。 キュルケとの関係は最初の方はアタックされまくっていたが、コルベールがキュルケの前で男を見せた時を境にただの友人関係となっている。 タバサとの関係はタバサに一度命を狙われて殺されかけているが、才人がタバサのその行為に対しても命を奪わなかったことにタバサは自分の所属するガリア王家に対して離反する事を決意する。 しかし、その行為は失敗に終わり、タバサは囚われの身となる。が、才人は自分の爵位を捨てタバサを救出に向かい、助け出すことに成功する。それからタバサはサイトのために杖を振るうことを決意したように原作からは読み取れる。 さて、パロロワでの才人は、ゼロの使い魔勢すべてにいえることなのだが、あまり憂き目を見ない。 これは話すと長いパロロワの闇の部分にあたるものなので、各自目の前の箱を使って調べてください、まあ、一言で言えばキャプテン効果と言うものなのかな? アニメ版の中の人は 日野聡。 戻る
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「恐竜惑星」より、ラプター ルイズの恐竜惑星-01 ルイズの恐竜惑星-02 ルイズの恐竜惑星-03
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ここは一体? の段 ルイズはうつむいた。よりによって人間を呼び出してしまうなんて。自分が呼び出した三人を眺めてまたうつむく。 三人組は揃って同じ服装をしていた。頭巾のようなものをかぶっている。 メイジではない、おそらく農作業でもしている平民だろう。 きり丸「どこだここ?」 乱太郎「さっきまで校庭で遊んでたんだけど」 しんべえ「ねぇ乱太郎、きり丸ここどこなの。変な服着た人がいっぱいいるよ」 (何が変な服よあんた達の方がよっぽど変じゃない) 「キャー、ルイズあなた幸せ者よ。だって三回もキスできるんだから」後ろから冷やかしが聞こえる。ルイズは振り向いてきっと睨みつけた。普段から仲が悪いようだ。 ちょっと待って、今なんて言った?えっ、三人と?一人じゃないの? 助けを求めるようにコルベールを見たがコルベールは黙って頷いた。仕方ない。 ルイズはつかつかと歩み寄る。それまでキョロキョロしていた三人の視線が一斉にルイズに向けられる。 ルイズ「あ、あんた達、これは名誉な事なんだからね、感謝しなさいよ」 ルイズはボケ~とつっ立っている三人に言うと儀式を始めた。 乱太郎「むがっ」 きり丸「むごっ」 しんべえ「ふごっ」 三人の左手にルーンが刻まれた。 儀式は一瞬で終わった。ルイズはさっさとその場を離れたが三人は直立不動だった。 そこから三人を自室まで連れていくのは中々骨だった。三人があまりにもバラバラな行動をとるのでルイズは縄で縛ってひとまとめにしてやろうかと思ったほどだ。 乱太郎「ここどこですか?忍術学園じゃないですよね?」 きり丸「あっ、やべ午後からバイトだった。早く帰らないと」 しんべえ「僕お腹すいちゃった。ステーキ食べたい」 おまけにうるさい。 ルイズ「あんた達いい加減口閉じなさい。いつまで喋ってんの」 一人一人は大して話していないが三人ともなると賑やかだ。 (貴族に対する口のききかたといい、態度といい何なのこの平民) 乱太郎「ここはどこなんですか?どうして私たちはここに?」 ルイズ「ここはトリステイン魔法学院よ」 きり丸「そろそろバイトだし帰してくれませんか」 ルイズ「無理」 しんべえ「バリッバリッ」 ルイズ「勝手にあたしのお菓子食べないでよっ」 そんなこんなでルイズと三人の使い魔の新しい生活が始まった。